はじめに 「貧血」という言葉にはなじみがありますが、 正しい知識を持っている人は意外に少ないのではないでしょうか。 特に、月経のある女性は貧血になりやすく、 女性の約1割が貧血ともいわれています。 貧血による体の不調が出ていても、体質だから直せないと 思い込んで治療を受けない人も多くいると考えられますが 長く貧血状態が続くと、心臓などの他の臓器に負担がかかってしまいます。 この冊子では、貧血の中で最も多い「鉄欠乏性貧血」について 症状や検査方法、治療方法について紹介しています。
1.貧血とは 血が薄くなる状態のこと 「貧血」とは、血液の中の赤血球や、赤血球の中のヘモロビンという色素が少なくなってしまった状態のことです。簡単にいえば「血が薄くなってしまうこと」。具体的には、血液検査で「赤血球数(RBC)」「ヘモグロビン量(Hb)」「ヘマトクリット値(Ht)」のうちいずれか、またはいくつかが基準値より少なければ「貧血」と診断されます。 貧血には「鉄欠乏性貧血」「再生不良性貧血」「不応性貧血(骨髄異形成症候群)」など、さまざまな種類がありますが、最も患者数が多いのは「鉄欠乏性貧血」です。 [立ちくらみは貧血?] よく「立ちくらみ」のことを貧血という人がいますが、これは医学的には間違いです。貧血が原因で立ちくらみが起きることもありますが、ほとんどは「起立性低血圧」という血圧の調節障害が原因なのです。 貧血がどうかは、血液検査をしなければ診断できません。
2.鉄欠乏性貧血とは 鉄不足で起きる貧血 鉄欠乏性貧血とは、その名の通り、鉄分が不足することで起きる貧血です。鉄は、赤血球の中にある「ヘモグロビン」という赤い色素を作るために欠かせない材料なので、不足するとヘモグロビンが十分に作られなくなり、貧血につながるのです。貧血患者の約7割が、この鉄欠乏性貧血です。 食事で鉄分の補給を 健康な成人の体内には、常に3~5gの鉄があります。そのうち60~70%はヘモグロビンの中にあり、20~30%は「貯蔵鉄」として肝臓や脾臓などに蓄えられています。また、血液や筋肉中にもわずかに存在しています。 ただし、毎日約1mgが新陳代謝などで体内から失われるため、この分は毎日の食事から補給しなくてはいけません。もっとも、普通は体内にストックされている鉄(貯蔵鉄)があるため、鉄の摂取量が不足したからといって、すぐに貧血になるわけではありません。言い換えれば、鉄欠乏性貧血が見つかった時には、鉄不足がかなり進んだ状態といえるのです。
女性は要注意! 鉄欠乏性貧血は、特に女性に患者が多い病気です。 これは、定期的に月経の出血があるために男性よりも鉄が失われやすいことが大きな原因です。 また、無理なダイエットで食生活のバランスを崩して鉄不足になってしまうケースも増えています。 特に多くの鉄が必要になる成長期に偏食やダイエットをすると貧血につながりやすいので注意が必要です。
3.鉄欠乏性貧血の原因 病気が原因になることも 鉄不足の原因は、主に次の3種類です。鉄の摂取量が減ったり、鉄を使う量が増えたりすることで、鉄分の収支のバランスが崩れて鉄不足になってしまうのです。成長や妊娠出産などのほか、病気が原因になっていることもあります。 [鉄分喪失] 出血で体内からたくさんの鉄分が失われたために補給が追いつかず、鉄が不足するケースです。 出血といっても、ケガなどで大量に出血する場合だけでなく、たとえ少量でも慢性的な出血があれば貧血の原因になります。 たとえば、癌や胃潰瘍、大腸ポリープなどが原因で、知らず知らずのうちに胃腸などから出血していたり、子宮筋腫が原因で月経過多(月経の頻度や期間、経血量が増える症状)になり、出血量が増えていたり
する場合です。 消化管出血の場合、便が赤くなったり黒くなったりして気づく場合もありますが、全く症状が出ないことも多いので注意が必要です。 [鉄分需要増加] 成長期や妊娠時・授乳時などは、普通よりもたくさんの鉄が必要になります。そのため、普通の食生活<をしていても鉄分が不足してしまうことがあります。 たとえば、妊娠・授乳中は、通常の約3倍(1日3mg)の鉄が必要になるといわれます。 [鉄分摂取不足] 偏った食生活や無理なダイエットがもとで鉄が不足するケースです。 食事から十分な量の鉄を摂っていても、消化管に何らかの異常があってうまく吸収できず、摂取不足になる場合もあります。>
4.鉄欠乏性貧血の症状 全身が酸素不足に 「ヘモグロビン」とは、赤血球の中に含まれる赤い色素で、鉄とタンパク質が結びついてできています。 ヘモグロビンには、全身に酸素を運ぶという大切な役割があります。そのため、貧血でヘモグロビンが不足すると、体のあちこちで酸素不足になってしまいます。このため、疲労感や動機、呼吸困難、顔面蒼白、頭痛、めまいなどの症状が現れます。 ただし、鉄欠乏性貧血はゆっくりと進行するため、体もそれに慣れてしまって症状を自覚しにくいことが多いようです。また、たとえ症状に気づいても重症感がないために病院を受診しない人も少なくありません。 しかし、貧血状態を長く放っておくと心臓に負担がかかり、全身に悪影響を及ぼしてしまいます。病気であることをしっかり認識し、適切な治療を受けることが大切です。
めまい/頭が重い・痛い 耳なり 顔色が悪い/耳が白い/まぶたの裏が白い/息切れ・動機 舌が荒れて酸味がしみる/カリカリ音のするようなものを食べたくなる/食べ物が飲み込みにくい/口の端が切れる 肩こり 爪が外側に反る 歩くとすぐ疲れる/だるい
5.鉄欠乏性貧血の診断 貧血かどうかを調べる~Hb、Ht 貧血を診断するには、まず血液の中に、どのぐらいヘモグロビンや赤血球があるかを調べます。 それが「Hb(ヘモグロビン)」と「Ht(ヘマトクリット)」の値で、貧血になるといずれの値も低下します。 WHOでは、子ども、男性、女性、妊婦の4タイプに分かれて貧血の診断基準が定められています。 赤血球の様子を調べる~MCV、MCHC 鉄欠乏性貧血では、一つひとつの赤血球が小さくなり、ヘモグロビンの量も減ります。これは「小球性低色素貧血」と呼ばれる症状で、血液検査では、「MCV(赤血球1個あたりの体積)」と、{MCHC(赤血球1個あたりのヘモグロビン濃度)」の値がいずれも下がります。 実際に患者の血液を顕微鏡で見てみると、赤血球の中心の色の薄い部
分が大きくなり、全体の色も薄くなっていることがわかります。同時に大きさがまちまちになり、いびつな 形のものも増えます。 体内の鉄量を調べる~血清鉄、UIBC、血清フェリチン 鉄欠乏性貧血の確定診断のためには、体内の鉄量を調べる必要があります。具体的には、血液中の鉄量を見る「血清鉄」、鉄不足の程度を表す「不飽和鉄結合能」、体内に貯蔵されている鉄の量を見る「血清フェリチン」の3項目の数値から総合的に判断します。 中でも、フェリチンの低下は、鉄欠乏性貧血を診断するための重要なポイントです。というのも、膠原病や慢性炎症、悪性腫瘍が原因の貧血でも「小球性低色素性貧血」となり血清鉄の低下も見られますが、フェリチン値の低下は鉄欠乏性貧血にしか見られないからです。
6.鉄欠乏性貧血の治療 鉄剤の服用が基本です。 鉄欠乏性貧血の治療には鉄剤を使います。 ただし、鉄が足りなくなるには、病気などの原因が隠れている場合が多いので、鉄剤投与と同時にその原因を調べて、治療が必要な病気が見つかったときは、その治療も合わせて行うことが大切です。 ゆっくりと鉄不足を解消 ~経口鉄剤 鉄欠乏性貧血の治療に、最もよく使われるのが内服型の鉄剤です。一般的に、飲み始めて1~2か月で貧血が改善してきますが、体内の貯蔵鉄を十分に補給するためには、半年ほど続けて服用しなければなりません。 現在市販されている経口鉄剤は、硫酸鉄(商品名:フェログラデュメット、スローフィー)やクエン酸第一鉄 (商品名:フェロミア)などが一般的です。 吐き気、胃痛、便秘などの副作用を抑えるため、胃薬や便秘薬を同時に処方されることもあります。 症状が強い場合は、薬剤をへんこうするなどの工夫をします。ピロリン酸第二鉄のシロップ剤(商品名:インクレミンシロップ)に変えると軽くなる人もいます。
鉄剤を飲んでいる間は便が黒くなりますが心配ありません。日本茶や紅茶を飲むと、タンニンが鉄イオンと結合して吸収を妨げると言われますが、実際には多量に飲まなければ問題になりません。 副作用に注意しながら投与 ~注射鉄剤 注射で鉄を補給する方法もありまうが、一度にたくさんの鉄を投与できる一方で、遊離鉄イオンが毒としてはたらくため、経口鉄剤が使えない場合や緊急を要する場合などを除いては使われません。 市販されている注射鉄剤は、含糖酸化鉄(商品名:フェジン)、コンドロイチン硫酸鉄(商品名:プルタール)、デキストラン鉄(商品名:フェロバルト)などで、いずれも鉄をコーティングして、遊離鉄イオンが発生しにくいよう工夫されています。 しかし、一度に高濃度の鉄を投与することから、発熱、悪寒、頭痛、悪心、発疹などの副作用を引き起こす場合があります。 また、投与のしすぎで鉄過剰症になったり、鉄イオンによる臓器障害を引き起こすリスクもあります。そのため、必ず事前に予定投薬量を計算し、必要最小限の使用にとどめます。
7.日常生活の注意 バランスのよい食生活を! いったん鉄欠乏性貧血になってしまうと、通常の食事だけで回復するのは難しく、病院で処方される鉄剤が必要になります。普段から鉄が不足しないよう食生活に気をつけ、貧血を予防することが大切なのです。 特に、成長期の子供や若者、妊婦および授乳時は鉄の需要が増えるので、偏食やダイエットは禁物です。 鉄を多く含む食物を食卓に 鉄分には、動物性食物に多く含まれる「ヘム鉄」と、食物性食品に多く含まれる「非ヘム鉄」の2種類があります。ヘム鉄のほうが体に吸収されやすいという特徴がありますが、非ヘム鉄でもビタミンCやタンパク質と一緒に摂ると吸収が高まるといわれています。 野菜や果物とともに、積極的に食卓に登場させましょう。 激しい運動は避けましょう 貧血と診断されたら、たとえ自覚症状がなくても体ににはかなり負担がかかっています。ヘモグロビン値が回復するまで激しい運動は避けるようにしましょう。
おわりに 鉄欠乏性貧血は貧血の大部分を占めていて、特に女性に多い病気です。貧血がゆっくり進むと症状を自覚しにくいため、そのまま放置してしまう方も多いようです。しかし、鉄欠乏性貧血は確実に身体に悪影響を及ぼす「病気」であり、癌やポリープ、婦人科疾患などの重大な病気が隠れている可能性もあります。貧血の症状が現れたとき、あるいは貧血と診断されたときは、早めに医療機関を受診して、適切な検査と治療を受けるようにして下さい。食生活に気を配るなど普段の健康管理も大切です。 治療を受けて貧血から解放された患者さんはよくおっしゃいます。「こんなに自分の身体ってかるかったんだ」と。でも、思い出してください。それがあなたの本来の姿なのです。この冊子が、鉄欠乏性貧血の患者さんが本来の自分を取り戻すお役に立てれば幸いです。 自治医科大学医学部 内科学講座血液学部門 講師 鈴木隆浩